結婚は男としての社会や異性に対する道義的責任なのか?

僕は30代半ばで独身です。正直、独身って呑気でいいなあとすごく実感しています。進んで「結婚したい」とは微塵も思っていません。

ただ最近、なんだか独身でいることに後ろめたさのようなものを感じる時があります。

その辺で女性を見て、「社会の一員である以上、最低でも一人は担当しなきゃいけないのかな…」という気がしたりします。

社会に負い目を感じる

普通、30代半ばで独身だと、結婚したがっていたりするものだと思います。でも僕の場合、幸いにも同じく独身の友人も何人かいるので、遊ぶ上でも困らないし、そうでなくても元々一人でいることが好きなタイプなので、たとえばよく聞く「寂しい」なんて感情は理解できないというか、本当にそんなこと思うの? という感じだったりして、特に結婚願望のようなものはありません。

別に女が嫌いだとかホモだとかというわけでもなく、これまでも人並み程度には女性とお付き合いしてきましたし、今でもヤリ目であれば喜んで女性と遊びたいと思います。

でもさすがに自分と同世代やちょい下ぐらいの女性と付き合うとかというのは、今はできません。自分はよくても、相手の年齢を考えるとそれはマズいなと思うので。

結婚したくないわけじゃない

僕は自分でもどこまで覚悟ができているのか分からないけれど、中学生ぐらいの頃にはすでに「一生独身でいい」「結婚したくない」なんて思っていたし、両親にそういうことを話していた記憶もあります。

まあこの辺には多少なりとも屈折したものがあるんでしょう。両親を見ていて「結婚したくない」と思ったのがきっかけなはずです。

でも、そんなこと言ってもまだ子どもですから、その後恋をしたりすれば気持ちも変化して、好きな子との結婚生活に憧れを抱く時もありました。

今まで女性と付き合ってきたなかで、結婚を意識したことはあるし、「生理が来ない」と聞かされた時は覚悟を決めた瞬間もありました。それは後にただの生理不順だったと判明して事なきを得たんですが。

なにはともあれ、別にどうしても結婚したくないだなんてことは大人になってからの僕は微塵も思っていません。ただ、しない人生でも別に良いとも思っています。

社会的責任、道義的責任を感じるようになってきた

ところが最近、妙な感覚に襲われる時があります。独身で呑気に暮らしている自分は、社会的責任を果たしていないんじゃないか。男として生まれてきた自分は、結婚していないことで社会や異性に対する道義的責任を果たしていないんじゃないだろうか。

そんな風に思えてくる時があり、どこか社会に対する後ろめたさのようなものを感じる時があります。

理屈で考えたら責任を感じてしまう結論にしか至らない

社会に対する責任を考えたら、それを理屈で考え始めてしまったら、やっぱり社会を維持していくためには「結婚って大事だよね」という結論に至ってしまいます。

結婚って、世の中的には「できる・できない」だとか「したい・したくない」で語られることが多いものですが、社会に対する責任という観点から見たら「できるだけした方がいい」という結論にしかならないように思えます。

また、社会に対する責任はさておき、一人の人間として、人としての道義的責任を考えてしまうと、僕的にはもっと重く感じられてきます。「一人の女も受け持たないなんて、それ男としてどうよ?」と。

誰か一人は担当しなきゃいけないのだろうか

もちろん「女性に相手にしてもらえない」というケースもあると思います。そういうケースは別として(責任なんてこと考えなくていい)…

人、というか男としての道義的責任を考えると、なんだか「最低でも一人(の女性)は自分が担当すべきなんじゃないだろうか」なんて風に思えてきてしまう時があるんです。

“思う”というより、最近どうも適齢期以上の年齢の女性を見てふと複雑な気持ちになったりすることがあり、なぜなのかを考えていたら最終的に「道義的責任」に行き着いてしまったというだけなんですが。

たとえば平日の昼間から男友達と遊んでいたりなんかすると、このよく整備され成熟した日本社会に対してどことなく後ろめたさのようなものを感じたりするんです。(土日だとほぼ平気なんですけどね)

また独身なのかどうかは知らないけれど、結婚適齢期ぐらいの年頃の女性を見ると、女性に対してどことなく後ろめたさのようなものを感じてしまったりするんです。

おわり

さて、僕はどうすべきか。

というか「最低でも一人は担当すべき」なんて義務感は失礼だし、ここは願わくば素敵な人との出会いでもあってくれればベストなんですが。

もしそれがなくても、出会いに向けた何らかの積極的な行動を取るべきなんだろうか? べき論で考えると人生が窮屈になってしまいそうで嫌だけど、でも今のような妙な後ろめたさを感じながら生きるのもそれはそれで嫌だし。

…まったく、生きづらい世の中だなあ、なんてことを思います。見合い結婚が制度として決まっていてくれればいいのに。恋愛なんて面倒くさいよ。

ん? でも待てよ。見合い結婚から自由恋愛に世の中が変化していってるってことは、裏を返せばそれは「道義的責任が減っていってる」ことと同義なのかもしれないな。「自由恋愛の時代に俺が結婚しないことを無責任だと咎めるのはおかしい!」って論も成立するんじゃないのか。

あれ? 俺は堂々と独身人生を謳歌してもいいのか?

シェアする

RSS/Feed

この記事と同じカテゴリーの記事一覧はこちら→ 生活その他


トップへ戻る