「長寿につながる遺伝子研究のニュース」への反応が不安だらけな件。長生きしてしまうことが怖い現代人

長寿に関する遺伝子の特徴を、東京都健康長寿医療センターや慶応大などのチームが見つけたとしてニュース記事が出ていました。

リンク がんを抑制する遺伝子の特徴発見 長寿につながる可能性 (朝日新聞デジタル)

で、普通これまでの価値観だと「長生きできる!」「早く開発してくれ!」って感じの反応がありそうなこの話題なんですが、当該記事のヤフーコメント欄を覗いてみると、様子は全然違いました。

・平均寿命を延ばさず、健康寿命を延ばして欲しい。

・長寿に繋がるのはいいけど、ただただ生き長らえるのはきつい!

・医学の進歩は素晴らしいが、無駄に長生きするのもどうなんだろう…。

・安楽死制度の導入希望

・長生きしても、金が無いと餓死するよ。

・定年が100歳から〜

・長寿の研究はもういいよ

・自分の事を自分でできなくなったらいくら長息できてもつらいだけのような気がする

・長寿なってどうするんだよ!そのころには体が衰えて呆けて終わりじゃん!

・長生きしすぎた。という声を90才前後のお年寄りからよく聞く。

・短命でもいいから充実した人生をおくりたいね(^^)

・100歳までも生きたくないですね。
若い方々にご迷惑はかけたくないかな…

・遺伝子情報って究極の個人情報なんだよね…

・生活を楽しむだけのお金があるなら長生きしたいけどね。

現代人の多くは「長生き」なんて求めていない?

たしかに、今の暮らしが普通に生活していくだけでいっぱいいっぱいな立場の人間からすれば、年金の不安とかもある現代においてなかなかお金や健康寿命のことを無視してただ長生きを望むなんてことはできないですよね。

昔の人は、極端な話、自分のことを自分でできなくなったら自然と淘汰されてくかのごとく亡くなっていくような部分があったと思います。よほど裕福でない限り家族の中の働き手が働く手を休めてまで老人の面倒を見るなんてことはできなかっただろうし、社会的にもその辺の冷徹さは生活をしていくための当然のものとして受け入れられていたと思います。

でも今って、自分のことを自分でできなくなった老人には若い世代が手を貸してやるべきだという、そういう価値観がかなり一般的になりつつあります。子ども世帯が介護をすることもあれば、また施設に入れてお金を出して世話を代行してもらったり。

ほとんど完全に放ったらかしにしていても、90近い高齢にでもなれば地域の行政が何か手を出してき(てくれ)ます。僕の祖父も歩くのが困難になったら施設への入所を促されて、なんだか本人はあまり望んでいなかったっぽいんですが今は施設にいます。(施設に入ったら入ったでそこでの生活がとても楽しそうで孫としては微笑ましいんですが笑)

そしてそういう姿を見て、まあ僕の場合は祖父がとても楽しそうにしているので例外的かもしれませんが、多くの場合は「長生きしても、大抵の場合は病院か施設で迎えが来るのを待ってるだけなんだよな」と、ある意味人生を達観してしまうところがあるんだと思います。

お金がなきゃ、長生きも苦しいだけかもしれない

そもそも、施設に入るだけのお金があればいいです。どういう仕組みになっているのかその辺詳しいことは知りませんが、病院に長期入院するにしても施設に入ってお迎えを待つにしても、明らかにお金がかかることは間違いないです。

もしたまたま健康であったとしても、少ない年金を頼りに生きていく老後は、恐らく楽しい人生の余暇にはなり得ません。そんなことは親世代の様子を見ていれば学んでしまいます。

定年後も何らかの形で(必要に迫られて)働いている人もいるだろうし、働いていないにしても無駄のない切り詰めた生活でとても人生の余暇を楽しんでいるようには感じられなかったり。よほど現役時代に収入が多かった人でないと、老後も暮らしに余裕なんかなくて、若者が憧れるような老後生活なんかは大半の人が送れないのが現実です。

少しづつ良い時代になってるはずなのに、人間ってやつは…

昔に比べたら今の方が良い時代なのは明らかです。ちょっと前に比べたってそうだし、ましてやずっと前の時代に比べたら現代なんか良いことだらけです。明らかに世の中や日本社会は進歩し続けています。

なのに、そんな「昔に比べて良い時代」においても、今度は「長生きなんかしたくない」という。

どうしてこういうことになっちゃうんでしょうかね。

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