なぜか心が重い、気が晴れない。そんな時は自分の心と体を客観視してみると原因が見えてきます

なんとなく気分が晴れない。
なぜか分からないけど気が重い。

そんな時もあったりします。そんな風に全然ならない人も大勢いるけれど、なりやすい人はしょっちゅうなっていたりもします。

そんな時、原因不明であれば心と体を切り離して原因を考えてみたり、自分を客観視してみると、その重い気分に引きずられすぎるのを防ぐことができます。

自分の脳と肉体を客観視する

「自分」って何なのか? いま重く感じているその"気分"が自分自身なのか? それともその重い気分を自覚している脳ミソが自分自身なのか?

どちらも、自分自身の本質とは少し違いそうです。気分が自分自身なら、自分自身がコロコロ変化し過ぎだし、脳ミソが自分自身であったら、何も自覚していない睡眠時は自分自身がいないことになってしまいます。

朝起きたら自分が始まって、夜寝たら自分が終わるとか、「自分」の本質ってそういうものじゃないでしょう。

そう考えると、この肉体も自分自身の本質ではないと分かります。自分を構成するものの一部であることは間違いないけれど、高いところから落ちたら潰れちゃうとか、腐ったものを食べたらお腹を下すとか、それって、あくまで人間の体という物質であって、自分自身という存在の本質ではなさそうです。

自分の本質は魂と呼ぶ

自分の本質はこの肉体でも脳ミソでもないとしたら、何なのか? どこに自分はあるのか?

このややこしい問いの答えとして、分かりやすい概念的な言葉に「魂」というものがあります。

魂なんて、私も実際のところよく分かっていません。具体的にはよく分からないし、もしかしたら私たちの本質そのものが具体的なものではないのかもしれません。魂というのは概念であって、私たち一人ひとりの人間もその本質に迫っていけば最終的には概念的なものでしかないのかもしれません。

よく分からないけれど、とりあえずそのよく分からない私たちの本質は「魂」と呼ばれています。魂の、この人間界・現実世界での活動ツールみたいな形で、脳ミソがあり、肉体があります。

肉体や脳ミソに振り回されてばかりいたら、何もできなくなってしまう

何となく気分が重い。なんだか気持ちが晴れない。…そんな時にその気分や気持ちに振り回されていたら、ロクなことになりません。

鬱々とした気分を晴らしたくて過激なことをしたら、その1回の行動だけでは人生に大きな影響はないかもしれないけれど、そういう行動の繰り返しは人生をそれまでとは全然違う方向に持っていってしまうだけの影響があります。

かといってその鬱々とした気分をそのままにしていても、それはそれで良くないです。いつも暗い雰囲気を醸し出している人の側にいたいと思う人はいないだろうし、下手したら自分がいるだけでその場の空気を重苦しいものにしてしまうことだってあるかもしれません。

失恋して悲しいからといって、その気持ちに振り回されて仕事や学校をサボったりしていたら、その一時の「気持ち」だけで人生が狂ってしまうことだってあるかもしれません。

なんとなく体が重い、なんとなく気分が晴れない。だからといってそんなものに振り回されていたら、それ相応の人生しか送れなくなってしまいます。生まれつき体が丈夫な人、心が強い人、そんな人しか幸せな人生を送れないということになってしまいます。

そんなのおかしいです。私たちには全員に、幸せに生きるチャンスは与えられているはずです。実際に体が弱くても心が弱くても幸せに生き抜いた人は絶対に大勢いるはずですから、体や心の弱さは幸せに生きられない言い訳にはならないはずです。

魂の視点から自分を客観視して、改善策を探る

つまり、我々は体や心を意図的にコントロールしたり、それができなくても体や心の状態に振り回されずに客観視する必要があります。でなければ我々の幸不幸はすべて偶然が握っていることになってしまいます。

偶然も大事だと思います。でも偶然だけに左右されずに、自分で自分の幸せな人生を築いていくには、自分の本質的な部分から、一種の道具であるこの心や体を客観視したりコントロールしたりする必要があります。

客観視できれば、なぜか心が重い時は「なぜ今こんなに心が重いんだろう?」という疑問が湧いてきます。重い心に振り回されずに、重い心と向き合うことができます。

すると、たとえば「そういえば最近の食事はずいぶん偏っていたな。栄養不足なのかな」とか、「運動不足で悶々としているだけなのかもしれない」とか、そういう意外と単純な原因があったりもするかもしれません。または人間関係に悩んでいる自分を見つめ直すきっかけになったり、向き合わざるを得ない問題から目をそらしていたことに気付いたり、ということもあります。

肉体はもちろんのこと、この心だって、何かしらのメカニズムのようなものはあります。自分にとって利益のあることを目の前にすれば嬉しい気持ちになるし、自分にとって不利益なことを目の前にすれば悲しい気持ちや悔しい気持ちになります。お腹が減っていればイライラしやすかったりするし、満たされた状態では寛大であれたりもします。

なにも摩訶不思議なものではありません。何かしらの原因があって心の状態が変化しています。心・気分の問題だからといって、どうにもできないようなものではありません。

おわり

「なんとなく気分が重い…」
「気持ちが晴れない」

そんな時でも、その原因は必ず何かあるはずです。その気分や気持ちに振り回されずに、魂的な視点から自分の脳や体を客観視してみると、それまで見えづらかったものが見えてきたりします。

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