苦労が続く人は“姿勢”に原因がある。失敗や苦労を乗り越えるには対処法より姿勢が大事

何かに失敗してリカバリーしなければならない。
選択を誤って苦労する羽目になってしまった。

そんな、失敗や苦労に直面した時、もちろんそのことにどう対処するかの方法論も大事だけれども、実はそれ以上に「どんな姿勢で対処するか」の方が大事だったりします。

何度も似たような失敗を繰り返してしまう、なかなか苦しい状況から抜け出せないでいる、そんな人は一つの考え方として参考にしてもらえたらと思います。

対処の姿勢一つで、事態は180度変わってくることもある

仮に、借りた金を返済予定日には到底返せない状況に陥ってしまったとします。そんな状況には一生なりたくありませんが、話を分かりやすくするために極端な例でいきます。

そんな時に、どう対処するか? はもちろん大事です。大して手段らしい手段、対処法なんかないのが現実かとは思いますが、とにかく何か最善策を考えることになると思います。

と、そんな時。焦ってパニックになって精神的に疲れて憔悴した状態では、ろくに対処法も浮かんでこないでしょう。元々冷静に考えたってあまりに難しい問題なのに、冷静さを失った状態でなにか手が思いつくとは到底思えません。

でもいいんです、「手」は思い付かなくても。無い袖は振れないんですから、とにかく一つ一つ最善を尽くして歩んでいくしかないんですから。

ところがこれが。憔悴したり冷静さを失っていたりすると、いろいろおかしなことになってしまいます。

無い袖は振れないんだから…の事実が見えなくなる

無い袖は振れないとなれば、貸し主からしてみたって、どんなに追い込んだって仕方がないと思うところはあるはずです。

であれば追い込んだりするより、しっかり反省してもらって、どうにか再起するなり何なりして貸した金をきれいに返してもらいたいはずです。

またそんな貸し主側の心情を想像すれば、借りた側としては

・懇切丁寧に謝る
・今後どうやって借金返済していくかの見通しを立て、それを貸し主に説明する

ぐらいのことはしたいものです。

できれば上記に加え、精神的に落ち着きを感じさせる雰囲気と、前向きなガッツを感じさせる肌ツヤや声の調子も出せていれば最高でしょう。そんな様子を見れば貸し主もいくらか安心して、もう少し待ってみるかという気にもなるかも分かりません。

ところがこれが憔悴して冷静さを失っていると、この最善手とは真逆のことをしてしまうのが人間というものです。

憔悴し切った顔や表情なんて、そんなもの見せられただけでこちらも不安になるようなものです。その上冷静さを失って慌てふためき、自信なさげに借金返済の猶予を申し出られたら、貸した側としてはどう感じるか。

しかもそんな精神状態では、仮に「今後どうやって返済していくつもりだ?」と聞かれても、恐らく「それはこれから考えます」という答えが返ってきます。

気持ちが後ろ向きになってしまっているから、建設的な思考ができなくなってしまうのです。あらゆることが後手後手に回るようになってしまうものです。

姿勢が後ろ向きだと、動いても後ろへ行ってしまう

上の喩え話は極端な例での話ですが、人の精神状態が問題解決能力やその他諸々に与える影響の構造そのものとしては、日々の中の小さな問題にしても、何にしても同じです。

学校の勉強ですらそうです。ある有名な数学者は、『数学の問題を前にして、難しそうだと思ってしまったら解けなくなってしまう。だから問題を見た瞬間にまず「It’s so easy.」と言う』といった主旨のことを語っていました。

苦労をどう捉えるか

人生の中で味わう苦労も同じです。苦労した経験を糧に成長していく人は、必ず、苦労に負けてないはずです。

逆に、こちらが一般的ですが、苦労して、心身ともに疲れ果てながらいつか宝くじが当たることを願って生きているような場合は、決まって苦労に負けています。気持ちが、人生上の苦難を前にして気持ちがすでに後ろ向きになってしまっているんです。

気持ちが負けながらも、それでもその苦労を避けたりその苦労から逃れるために、あれこれ考えたり行動したりはします。

しかし残念なことに、すでに気持ちが、精神的な姿勢が負けている人の考える対処法は、往々にしてクソなアイデアなものです。行動してみても、その行動の間が悪かったりします。

姿勢が弱気で後ろ向きだから、考える策もことごとくその弱気で後ろ向きな姿勢に相応しい策ばかりで、せいぜい良くても今ある苦労が別の苦労に置き換わるぐらいのものです。

また稀に良案が浮かんだとしても、怖気づいてそれを実行できないか、無理に実行してもその間が悪かったりします。

おわり

人生には失敗や苦労が付きものですし、それらに直面した時、乗り越えていかねばならない時、私たちが「ベストな解決策」「できるだけ最高の方法論」を求めることは自然なことだと思います。

ただ、そういうことの繰り返しでどんどん成長していく人と、どんどん苦労の重しが重くなっていってしまう人とがいます。

知識や情報が溢れた現代においてもそれは変わらないどころか、もしかしたらそういう格差は昔以上に分かりやすく広がっているのかもしれないとも思えます。

となるとやはり、問題の本質は方法論や知的格差にあるのではなく、苦難に直面した時の精神的態度・心の姿勢にあるのではないかと思えてなりません。

逆境にある時こそ、前向きな心の姿勢を保ちたいものです。

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