次から次へと問題が出てきて悩みが尽きない… のはなぜなのか?

次から次へと問題に見舞われ、常に何かしらの問題に悩まされている人がいます。

それはちょうど、階段を上りながら一つひとつ目の前の段差に「また段差だ…」と頭を悩ませているのに似ています。

段差を悩みのタネと認識すれば、それは確かに悩みのタネになります。でも段差を段差としか認識していない人にとっては、段差はやっぱり段差の一つでしかありません。

段差を前向きに乗り越えていくことが癖のようになっている人からすれば、生きている限り、階段を上り続けている限り、段差が次、次、と現れることは当然のことで、そこでいちいち落ち込んだり悩んだりはしないし、どう乗り越えるかだけに意識が向いています。

何も悩みが無さそうな人は、何が違うのか?

生きている限り、問題が起きない人生なんて有り得ません。

何かにチャレンジしていれば問題が起きてくるのは当然として、何もしていなくても、問題はひとりでに向こうからやってくるようになっています。これは私たちが生き物である限り絶対であって、例外はありません。

動けば怪我することがあるのは仕方ないですし、動く先に障害が何もないなんてことは有り得ません。また逆に障害や怪我を嫌がってじっとしていても、動かなすぎることで病気にもなるし、何もしないまま老いていけばそれはそれで問題が生じてきます。

問題を前にして落ち込んでいても、問題が大きくなるだけ

仮に今、喩えとして「円錐の体積を求める問題」が目の前にあるとして、またそんなのどうやって解いたらいいのかさっぱり分からないとして、でもだからといってその問題を前にして落ち込んでいたって、どうにもなりません。

もちろん、悩ましいからこその「問題」であって、簡単には解けないからこそ「問題だ」と認識しているわけですが、だからといってそのことでいちいち気落ちしたり暗い顔していたり、精神的にストレスを感じたりしていても、それはその分だけ損でしかありません。

精神的にストレスを感じることそのものが損ですし、またそれ以上に、気落ちしていたりなんかしたら余計に問題が大きく見えてくるだけで、難しい問題をより難しいものにしてしまうだけです。

現実問題、ストレスをまったく感じないでいることは不可能です。またストレス(負荷)はストレスで意味があります。

ストレスがあるからこそ踏ん張って「えいやっ」とやれる力が出てくるわけで、適切なストレスを感じないでナメた足の上げ方をして段差に向かえば、その段差につまづいて転んでしまうことになります。

だからストレスにも意味があるのですが、しかしそのストレスに気持ちが負けてしまうと、それはそれで気持ちの弱さが足の上げ方を小さくしてしまい、怪我の元になってしまいます。

段差に対して前向きな姿勢で対峙する

気落ちして下を向いて歩いていたら、段差につまづいて転んでしまいます。だからストレスは必要でもそのストレスに負けて下を向いたりせず、ストレスの強度に応じて自分自身を鼓舞して前を向いていく必要があります。

同じ幅の段差だって、沈んだ気持ちで後ろ向きな態度で見つめていたら、神社のあの上下幅の狭い段差ですらキツく感じてきます。問題を前にして気落ちしている人というのは、自分で自分の目の前の段差をキツいものに仕立て上げているのと同じようなものです。

気落ちすれば、問題は実際以上に大変な問題になってしまいます。

解けるようになれば、問題は問題じゃなくなる

円錐の体積を求める問題は、今回どうにかしてその体積の求め方を見つければ、次からは似たような問題が出てきてもスラスラ解け、問題が問題に感じなくなります。つまり、人として一つ成長します。

割り算を習いたての小学生には難しく感じる「220÷4=」でも、割り算の問題をいくつも乗り越えてきた大人ならスラスラ解ける、のと同じです。

実際に、同じ人生上の問題にいま直面しても、それをやすやすと乗り越えていける人は世の中に大勢います。円錐の体積を求める計算式を覚えてしまった人には、それは問題になりません。

問題は悩むためにあるんじゃなく、成長するためにある

問題は悩ましいものとして出てくるんじゃなく、成長するためのチャンスやきっかけの一つとして現れている……そんな前提に立てば、現れる問題に対する見方が変わってきます。

被害妄想的な視点で問題を見れば、下手すれば人生すらイヤになってしまうかもしれません。次から次へと問題が出てきて、人生ってなんて苦しいものなんだ、と。

でも成長するチャンスやきっかけとして問題を捉えれば、人生そのものの見方も180度変わってきます。

人生に前向きな人は、身に起きる問題に対して前向きだから、結果として人生に前向きでいられます。一方、問題に対して後ろ向きな人は、結果として人生そのものに対して後ろ向きな姿勢になってしまいます。

おわり:「卵が先か鶏が先か」的な話になるけれど、、、

人生を悲観的で後ろ向きに捉えている人の人生にはそりゃ、悩ましい問題が次々出てくるでしょう。大前提が悲観的で後ろ向きなんですから。

悩ましい問題が次々出てくるのが嫌ならば、人生を明るく前向きに生きることがまず第一になります。

そして人生を明るく前向きに生きるとはつまり、起きる問題を明るく前向きな態度で乗り越えていくということです。暗く悲観的な態度で問題と対峙している人は、人生そのものを暗く悲観的に生きているのと同義です。

問題に対して悩ましい態度で対峙しないことが、悩ましい問題に見舞われない人生を生きるための秘訣、と言えます。

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